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料理をする高齢女性
2024.08.01

認知症の中核症状「失行」とは? 種類、検査やリハビリ方法を解説

食事をする、文字を書く、衣服を着るなどの生活動作は特に意識をすることなく、日常で何気なく行っていることでしょう。しかし、認知症をはじめとした脳の疾患や損傷によって、それらの動作がスムーズに行えなくなることがあります。


本記事では、失行の症状や原因、検査方法、リハビリ方法などを解説します。


目次
・失行とは
・なぜ失行が起こるのか
・失行の種類と症状
・失行の検査方法・診断について
・失行の症状が見られる方への対応のポイント
・失行のリハビリ方法について
・まとめ

執筆者画像
【監修】精神科専門医、精神保健指定医、認知症診療医、博士(医学)。 ブレインケアクリニック名誉院長 ・一般社団法人日本ブレインケア・認知症予防研究所代表理事・所長 今野裕之先生
順天堂大学大学院卒業。老化予防・認知症予防に関する研究で博士号を取得。大学病院や精神科病院での診療を経てブレインケアクリニック開院。各種精神疾患や認知症の予防・治療に栄養療法やリコード法を取り入れ、一人ひとりの患者に合わせた診療に当たる。認知症予防医療の普及・啓発のため日本ブレインケア・認知症予防研究所を設立し、幅広く活動している。 著書・監修に「ボケたくなければ「寝る前3時間は食べない」から始めよう 認知症診療医に教わる最強の生活習慣(世界文化社)」など。 医師+(いしぷらす)所属。

失行とは

失行とは、意思や身体能力があるにも関わらず、脳の何らかの損傷によって、日常生活で慣れ親しんだ動作を適切に行えなくなる状態を指します。道具がうまく使えない、間違った動作をする、今まで意識せずに行っていた動作ができなくなる、など日常生活にも影響が及び、周囲のサポートが必要になります。


失行は、高次脳機能障害の1つであり、認知症の中核症状としても見られます。また、失行は認識能力の障害である失認とも関連性があり、互いに影響し合っているため、症状を見極めることが大切です。

関連記事:認知症の中核症状とは? 失認や失語、失行など具体的な症状を解説

関連記事:高次脳機能障害とは?5つの症状や回復過程・具体的な治療方法を解説


なぜ失行が起こるのか

脳の部位を表したイラスト

失行は、日常の動作を担う脳の特定部位、特に大脳皮質の前頭葉や頭頂葉の損傷や変性により生じる症状です。前頭葉は、計画、意思決定、問題解決など、高次の認知機能を司り、一方頭頂葉は、触覚、空間認識、物体の形の理解といった感覚情報の処理に重要な役割を果たします。


脳の損傷の原因となる主要な疾患には、以下のようなものがあります。


・認知症:脳の構造と機能が徐々に衰えることで、失行を含む高次脳機能障害が生じます。認知症による脳の変化のうち、特に動作の計画や実行、物の使用方法といった複雑な認知プロセスが関与する機能に影響を及ぼします。


・脳卒中:脳の血管が詰まること(脳梗塞)や、血管が破裂することによる出血(脳出血・くも膜下出血)によって、脳の特定部位への血流が突然遮断されます。それによって関連する領域の機能が失われ、失行が引き起こされることがあります。


・脳腫瘍:遺伝的要因や環境要因などによって、異常に成長する脳の腫瘍が脳組織を圧迫したり損傷したりすることで、失行を含むさまざまな神経症状が現れることがあります。


・頭部外傷:交通事故や転倒などによる物理的な衝撃が脳組織に損傷を与えます。この損傷が脳の機能に影響を及ぼし、失行の原因となる場合があります。


失行の種類と症状

失行はその症状によって複数の種類に分類されます。ここでは、主要な種類とそれぞれの特徴を解説します。


肢節運動失行

肢節運動失行は、身体の麻痺や感覚障害がないにも関わらず、手や足などの関節を適切に動かす能力が損なわれる症状を示します。具体的には、以下のような症状が見られます。


・ペンを正確に握ることができない

・細かい工芸品を作るなど、精密な指の動きや手作業が困難になる

・足の運びがおぼつかず、スムーズに歩行することができない


観念運動性失行

観念運動性失行は、他人の指示や模範により同じ動作を再現した運動や動作をすることが困難な状態を指します。具体的には、以下のような症状が見られます。


・道具が手元にない状況で「鍵を回す動作をしてみてください」と伝えても、手の動きを再現できない

・別れの挨拶のときに手を振る、人を手招きする、など手振りが正確に行えない場合がある

・「手を高く挙げて」と言われても、どう動かせばいいのか分からない


観念失行

観念失行は、手足は自由に動かせ、使用する道具の用途や役割は認識しているものの、その道具を使って一連の動作を行うことが困難な状態です。具体的には、以下のような症状が見られます。


・はさみで紙を切る際、はさみの機能は理解していても適切に使用することができない

・料理で材料の準備・調理・盛り付けをするなど、複数のステップを要する日常的な作業を正しい順序で実施することができない

・新しい道具や家電製品などの使用方法や手順を記憶し、適切に使用することが難しい


着衣失行

着衣失行は、麻痺がなく手足が正常に動かすことができる状態にも関わらず、衣服を正しく着用することができない状態を指します。衣服の前後や上下を識別し、体に正しく身に付ける一連の動作が適切に行えません。具体的には、以下のような症状が見られます。


・シャツを裏表が逆になった状態で着る

・ズボンを前後ろが逆になった状態で着てしまう

・シャツのボタンがずれた状態でボタンを留める

・ファスナーを上げ下げすることができない

・下着を外側に着たり、靴下を靴の上から着用するなど、衣服を着用する順序を間違える


口腔顔面失行

口腔顔面失行は、口や顔面の筋肉を正確に制御することが困難になる状態を指します。話す、笑う、食べるなどの日常的な口や顔の動きがスムーズに行えなくなり、コミュニケーションや栄養摂取に影響を与える可能性があります。具体的には、以下のような症状が見られます。


・正確な発音ができず、話すときの言葉がはっきりしない

・笑顔や驚きの表情など、顔の動きで感情を表すことができない

・咀嚼や飲み込みが困難になり、食べものを口からこぼしてしまうことがある


開眼失行

開眼失行は、自分の意思に反して目の周りの筋肉が痙攣し、まぶたを開くことが困難になる状態を指します。まぶたが閉じた状態では視覚的な情報を得ることが難しくなるため、日常生活にも大きな影響を及ぼします。具体的には、以下のような症状が見られます。


・目を開く動作を指示されても実行できない。

・目を開くために手でまぶたを持ち上げるなどの物理的な助けが必要になる。

・意識して目を開けようとしてもできないが、反射的に目を開けられる場合がある。


失行の検査方法・診断について

失行の診断は、複数の検査方法を組み合わせ行われます。以下に、主要な検査方法を解説します。


・画像診断検査(MRIやCT)

画像診断検査により、脳内の損傷や異常が明確に映し出され、その情報を基に失行の原因や存在を特定することができます。MRIは特に脳組織の詳細な画像を提供し、CTは脳内の構造変化や損傷を速やかに把握するのに役立ちます。


・標準高次動作性検査(SPTA)

専用の検査ツールやチェックリストを使用して、特定の動作やタスクを実行する能力を評価します。具体的には、患者に指示された動作を実行してもらい、その過程や結果を観察することで、動作の計画や実行の能力を評価します。


・神経心理学的検査

さまざまなテストや質問紙を使用し、失行の方々の記憶、注意、言語能力、問題解決能力など、広範な認知領域を評価します。認知機能の評価を通じて、失行が存在するか、また失行と関連する他の認知障害があるかを調べます。


・ウェスタン総合失語症検査(WAB検査)

言語能力全般を詳細に評価するための検査です。言語理解、発話、読み書きの能力を測定し、言語障害がどのように動作や日常生活に影響を及ぼしているかを調査します。失語症と失行との関連性を明らかにすることで、適切な治療計画を立てることができます。


失行の症状が見られる方への対応のポイント

失行は、本人の意思や思考に反して起こることがあるため、当事者はうまくできないことへのストレスや苛立ちを感じやすくなります。また、周囲の目を気にして自尊心や自信を失いやすくなります。


また、もし周囲の方々が症状を理解していない場合、目の前の本人ができないことに対して疑問やストレスを感じてしまうことも少なくありません。

そのため、失行の症状が見られる方のサポートをする際は、できない状況に目を向けるのではなく、先回りをして本人の動作をサポートすることが大切です。


失行のリハビリ方法について

失行のリハビリテーションは、症状や本人の状況に応じて、さまざまな手法が用いられます。ここでは、失行リハビリテーションの主要な方法とそれぞれの特徴について説明します。


・機能改善型治療:弱くなった機能を何度も練習することで、感覚と動きをうまく合わせていきます。たとえば、歩行において足が上手く上がらない場合、視覚的な手がかり(例:台に手を添えるなど)を使って歩行の練習をします。段階的に手がかりを減らしていくことで、弱くなった機能の回復を目指します。


・能力補填型治療:日常的な動作を簡単にするために、補助機能を持つ道具を使います。たとえば、食事の際に通常のカトラリーが使いにくい場合、特別に設計された握りやすい持ち手のカトラリーを使用します。


・環境調整型治療:日常の生活動作がしやすいよう、写真付き手順書を用いたり、目印を付けたりすることで、動作手順を補います。たとえば、服の前後に色の異なる目印をつけて、着衣時の前後の識別を容易にします。


・行動変容型治療:複雑な動作や行動を、より簡単なステップに分けてから順番に学んでいきます。お茶を淹れる行為を例にすると、急須にお茶の葉を淹れる、お湯を注ぐ、お茶を湯飲みに注ぐという一連の動作を分解して習得し、最終的には連続した流れで実行できるようにします。


・能力代償型治療:失行によって影響を受けた機能を補うために、他の機能を利用する治療方法です。たとえば、動作を実行しながら口に出して指示することで、動きをスムーズに行えるようにサポートします。


リハビリテーションでは、本人が日常生活において直面する困難を最小限にし、可能な限り自立した生活を送れるよう支援することが大切です。そのために、一人ひとりの症状に応じて個別化された計画が必要です。


まとめ

本記事では、失行の原因や症状、対応ポイントやリハビリ方法などを紹介しました。家族や身近な人に失行の症状が見られると、周囲の方々は戸惑いや疑問を感じることがあります。そのため、早めに専門医の診察を受け、適切なアドバイスを受けるようにしましょう。そして、本人の意思や思考に寄り添った対応を心がけることで、お互いが気持ちよく生活することにつながっていきます。

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