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2023.11.01

「今できることは、今してあげて」 両親を看取った今、いとうまい子さんが思うこと

俳優でありながら大学や企業で医療・福祉分野の研究者としても活動する、いとうまい子さん。ロコモティブシンドローム※を防ぐロボットを開発するなど、介護予防でも研究しています。実はご自身も、がんの父を病院で看取ったり、認知症の母を介護したりといった経験がある、いとうさん。両親を看取った今改めて考える、“求められるケア”のあり方とは?


※ロコモティブシンドローム…加齢に伴う筋力の低下や関節や脊椎の病気、骨粗しょう症などにより運動器の機能が衰えて、要介護や寝たきりになってしまったり、そのリスクの高い状態を表す言葉です。


いとうまい子 氏
俳優・経営者・研究者
1983年アイドルデビュー。現在は俳優として活躍する一方、テレビ番組制作会社の代表を務める。2010年、早稲田大学入学。修士課程では「ロコモティブシンドローム」予防のための医療・福祉ロボットの研究に携わる。現在は同大学院に研究生として所属し抗老化学を研究中。2021年に内閣府の教育未来創造会議の構成員を務めている。

目次
・「世の中に恩返しがしたい」と予防医学の道へ ロコモティブシンドローム予防用ロボットも開発
・ペットが亡くなり散歩しなくなった母。入退院で体が弱り軽度認知症に
・深夜のトイレトラブルを機に意識が変化「挑戦状を叩きつけられた」
・「親の現状を受け止め、今できることは今してあげて」母の介護で今も続く後悔
・母の介護で感じた人に頼る大切さ「支えあえる文化を根付かせるべき」


「世の中に恩返しがしたい」と予防医学の道へ ロコモティブシンドローム予防用ロボットも開発

── いとうさんは、俳優として活動しながら医療・福祉分野の研究にも取り組んでいます。きっかけは何だったのでしょうか?

ずっと芸能界でお世話になってきたので「世の中に何か恩返しがしたい」と考え、2010年に大学に入りました。予防の大切さを伝えていくメッセンジャーになれるよう学びたい、というのが一番の目標だったんです。


ただ、ゼミを取るときに予防医学の先生が退職されるということで、同級生のすすめで、ロボット工学のゼミを取ることにしたんです。このゼミにロコモティブシンドロームを心配する整形外科の先生が入ってこられたのを機に「これを予防するロボットを作ろう」と研究を始めました。ロコモティブシンドロームを防ぐ装置を開発し、国際ロボット展に出展したところ、ある企業の方から「お手伝いしたい」と声をかけていただいたんです。大学院でこの企業と一緒にロコモティブシンドロームを防ぐ「ロコピョン」というロボットを開発しました。


現在は博士課程でアンチエイジングの研究をしています。流れ流れて…という感じですが、結局は予防医学に執着していくのかな、と感じています。


── 元々はお父様の看病もされていたそうですね。

そうですね。私自身、ロコモティブシンドローム予防の重要性はわかっていたつもりだったのですが、実際身の回りに該当する人がいなかったんです。ただ、大学でロボットを作っている途中で父ががんで入院し、2年間でほぼ歩けなくなってしまいました。


ある時、「トイレに行きたい」と言われたので、父を車椅子に乗せようと思ったんですが、筋力が弱っていて起こすこともできませんでした。看護師さんにトイレに連れて行ってもらっている間、ふと「父はどんな思いで病室に1日いるのかな」と、ベッドにゴロンと横になってみたんです。すると、目の前にはただ無機質な天井が広がっていて……。


「自分の足で歩けないと、こんなにつらい時間を過ごさなきゃいけないんだな」と思いました。自分が学んでいることと、リンクした瞬間でしたね。これからの日本の大きな社会課題だと感じましたね。


── お父様の看病では、それぞれに合った介護の大切さを実感されたそうですね。

そうですね。父は入院中に失語症になってしまい、認知はしっかりしていたのですが、自分の意思を伝えられず、つらそうでした。耳も遠くないんですが、喋れないから聞こえないと思われてしまい、看護師さんが耳元で「いとうさーーん!」って大声で呼ぶんですよ。


「高齢者はみんな耳が遠い」と対応されてしまう。ただ、看護師さんは忙しいから、一人ひとりの状況にそこまで踏み込めないんですよね


──きっと個々に合わせた対応が大切とわかっているものの、難しい状況がありますね。

ただ、ある病院で、AIで患者一人ひとりの好みのご飯の食べ方を分析し、そのやり方で食べさせたら全部食べた、という例があるんです。もちろん、時間も人手も必要ですし、そこまで個別に対応してもらうのは難しいかもしれません。ですが、食べないから「困った」ではなく、一人ひとり食べ方に好みがある、というところに思いをはせてもらえるといいのかなと思います。


ペットが亡くなり散歩しなくなった母。入退院で体が弱り軽度認知症に

インタビューに答えるいとう まい子さん

── いとうさんはお母さまの介護もされていたようで、最初に肺炎で入院する前までは、認知には問題がなかったそうですね。

はい。高齢者特有の物忘れはあったのですが、自分でご飯も作って、猫や犬の世話をしながら暮らしていたんです。ただ、飼っていた柴犬が亡くなってしまい、それまで必ず1日2回、犬と散歩に行っていたのに、1日中テレビを見るようになってしまったんです。


去年1月末、あまりにも出歩かないので「一緒に散歩に行こう」と誘ったら、5m歩いただけで「もうしんどい」って言うんです。少しずつ歩かせるようにしたんですが、あまりにもおかしいので、病院でレントゲンを撮ってもらったところ間質性肺炎がわかり、入院することになりました。


── どのくらいの期間入院したんですか?

最初の入院は2カ月です。ただ、入院中、絶対安静で過ごしたので、ほとんど歩けなくなってしまいました。退院後は自立して暮らすのは難しいだろうと、ケアマネジャーさんに相談してサポートしていただいたんですが、退院後しばらくして、今度は手首を骨折してしまったんです。


手を使えないから自分でご飯を食べることができず、私が通ってご飯を食べさせていたんです。そういう生活の中で、だんだん認知機能も落ちてきてしまい「軽度の認知症」と診断されました。


──「認知症」と診断されてから、お母さまの状況はどのように変化していったのでしょうか?

そのうちに、肺に水が溜まっているのがわかり入院したのですが、厳しい食事制限でどんどん痩せてしまいました。退院後はいよいよ自力で生活は難しいだろう、と施設に入れていただいたのですが、今度はトイレで転んで大腿骨の付け根を骨折してしまいました。入院して手術をしたんですけど、今度は心臓病で危篤になってしまい、専門の病院に転院して2日目に亡くなりました。


深夜のトイレトラブルを機に意識が変化「挑戦状を叩きつけられた」

── 俳優のお仕事や研究を続けながらの介護は大変だったかと思います。お母さんにきつく当たってしまったことはありませんでしたか?

私の場合、「母がこんなことをわからないはずがない」と思ってしまったんですよね。元々すごくしっかりした母だったので、私自身が物忘れをする延長のように思ってしまったんです。それで「なんで覚えておいてくれないの」と、つい母を叱ってしまったりして。でも、違うんですよね、認知症なんだから。今思うと、かわいそうだったなと思います。


── お母さまがおむつをトイレに流してしまい、トイレが詰まってしまったこともあったそうですよね。

びっくりしますよね…! 深夜に量販店で詰まりを直すスッポンを買ってきて、それでもダメだったので、最終的には手をつっ込んでかき出して……。でも、それで逆に吹っ切れましたよね。「次もあるかもしれない」と思って、トイレにペットシーツを敷いて対策したり。挑戦状を叩きつけられた感じですね。「受けて立つぞ、何でも来い!」と、開き直ることができました。


「親の現状を受け止め、今できることは今してあげて」母の介護で今も続く後悔

── 介護を通じて、どのようなことを感じましたか?

最初に肺炎で入院して退院した時も「肺の水がなくなったら普通の生活に戻れるんだ」と思っていたんです。だから、日常のケアはしましたけれど、母が気分転換になるようなことはなにもしなかったんです。


車椅子を借りて桜を見に連れてってあげたらよかったのに、「歩けるようになったら外に行こう」と思い込んでしまっているから、そこに思いが至らなかったんですよね。


自分の願望や希望が先行してしまって、現実を受け入れられなかったんじゃないかな、と今は思います。


── 希望を抱く気持ちは、介護家族はだれしも共感することだと思います。

時々、母はすごくちゃんとするんですよね。私が「みんなお母さんのためにやってくださってるんだから、感謝の気持ちを伝えなきゃダメだよ」と言っていたので、母はいつも看護師さんたちに「ありがとう」と言っていたようなんです。母が看護師さんから「ありがとうのいとうさんだもんね」と言われているのを聞くと、「わかってるんじゃないか」と期待してしまったりして。


でももし同じように家族を介護をしている方がいたら「元のように戻ると期待しちゃダメだよ」と伝えたいです。

今できることは今やってあげてほしい。

「歩けるようになったら行こう」じゃなくて「今連れ出そう」というくらいの方がいい。


母の介護で感じた人に頼る大切さ「支えあえる文化を根付かせるべき」

── 改めて認知症予防の大切さをどう感じますか?

母が亡くなった後、近所のお花屋さんの前を通りかかったら、80歳をとうに超えた腰の曲がったおばあちゃんが出てきたのを見かけたんです。60歳過ぎの娘さんと、二人で花屋さんをしているようでした。家にこもらずやるべきことがある生活が、認知症予防にとっては重要なんだなと思いました。


地域のコミュニティに参加するのもいいですよね。私の地元の名古屋は、喫茶店文化があるんです。高齢者の方がモーニングに行って、そのままランチしておしゃべりして、午後になったら帰ってくる。だから、健康寿命が長いんですよね。


── 介護を経験したお立場として、どんなケアが大切だと感じていますか。

私自身、ちゃんとしたケアができたかどうか、全く自信がないんです。精一杯やったつもりですが、今でも「こうするべきだったんじゃないか」という思いが毎日湧いてくるんですよ。


どこまでいっても満足できるケアはないんじゃないかな、と思っています。


親を亡くすと「こうしてあげればよかったな」と誰もが思いますが、それは仕方がないこと。


私も仕事や研究を続けながらの介護でしたので、たくさんの方にサポートしてもらっていました。日本は「人に迷惑をかけてはいけない」という文化があり、「頼っちゃいけないんだ」と思ってしまいがち。でも、もうそういう時代じゃないですよね。互い支え合って生きていこうという文化を根づかせるべきだと思います。もちろん、頼ったら感謝は忘れずにいたいですね。



写真/長野竜成、文/市岡ひかり

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