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2020.09.25

【体験談】私と女房の絆の介護

公益社団法人 認知症の人と家族の会が発行する会報誌『ぽ~れぽ~れ』より、家族介護者の体験談記事「支部だよりにみる介護体験 北から南から」をご紹介します。今回は、2006年アルツハイマー型と診断され、愛する奥様とともに夫婦仲良く生活されている竹内さんの体験談です。


認知症のはじまり

2006年の秋のことでした。大津で小さな食堂を一人で営んでいた女房が料理の材料を買ってきても戸惑いと不安の中、料理をつくることが出来なくなりました。診察の結果、アルツハイマー型認知症と言われました。女房の認知症の始まりでした。デイサービスに通いましたが、2年後「徘徊」が始まり私一人では看ることが出来なくなり、2009年の10月に同じ市内に住む娘の世話になりました。そこは琵琶湖大橋がある湖西の小さな街でした。


大津での日々

大津で入所した施設が素晴らしく、月に1回の家族会があり、夏祭りや秋の運動会には家族が参加する楽しい催しもありました。「家族の会」の皆さんと会う機会も多くあり職員の方々にもアドバイスを受け「認知症の介護は先の見えない遠い嶮しい道だから」と教えられました。


寒中での「徘徊」の見守りや付き添いで私が肺炎になり入院しましたがその間女房は、ショートステイを利用しました。認知症が進み、「徘徊」をすることは無くなりましたが、妄想が始まり、不潔な行為もするようになり大変な時期でもありました。


娘と私の突然の出来事

施設は良いし私も地区の老人会に入り、心にゆとりが生まれ笑顔が戻りました。大津を永住の地と定めていましたが、2015年5月に娘は不慮の事故で若くして亡くなりました。その後、博多に住む娘が自宅近くにマンションの部屋を借り、転居の手続き等をしてくれ2015年の9月に転居しました。ところが2017年の5月に私が硬膜下血腫で倒れて手術をしました。医師からは生死は五分五分だと言われたそうです。私に生命力があったのか奇跡的に何の後遺症もなく、女房の介護が出来るまでに体力が戻って退院をしました。しかし、無理は出来ないと思いました。


夫婦仲良くこれからも

これは私が介護を始めて14年間で初めての失敗談ですが、女房をトイレに連れて行く時間を忘れてしまい、気が付いて行って見ると尿が漏れて大変な状況になっていました。意思表示が出来ない女房を見てあまりにも可哀そうで涙が出ました。風呂で洗ってやり服を着替えると「ありがとう」と笑顔で応えてくれました。


博多に来て認知症の人と家族の会が全国にあることを知り、これからも参加していきたいと思います。


女房は、娘の顔や孫達のことが分からないようになっていますが、笑顔で支え愛情で寄り添い見守り、愛する女房のために手助けをしながら夫婦仲良くこれからも生きていきたいと思っています。



※この記事は『ぽ~れぽ~れ』(発行元:公益社団法人 認知症の人と家族の会)2020年9月号より抜粋したものです。

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