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2023.10.27

「『あなたが僕を治すことができない』ことは、わかっている。でも……」 認知症専門医が当事者の言葉から、気づかされたこと

高齢化社会になり、誰しもが認知症と無関係でいられなくなった現在、認知症に不安や恐怖の感情が付きまとっています。私たちは、どうすれば認知症と共に生きることができるのでしょうか。


このほど行われたオンラインセミナー「第7回『共に生きる』認知症を考えるオンラインセミナー~Talk with 話そう。認知症のこと」では、基調講演として、認知症専門医で妻の介護経験もある松本一生さんが登壇。自身の経験から、認知症との共生について語っていただきました。


松本一生
松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪公立大学大学院客員教授、日本認知症ケア学会理事。1956年大阪市生まれ。1983年大阪歯科大卒。1990年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など。

目次
・患者の6割は「自分の記憶の課題を感じて来院」
・自分自身も支えられていると気づかされた、ある患者の言葉
・介護家族の感情は「否認、怒り、適応を行きつ戻りつしている」
・介護家族の方に安心を届けたい
・介護を通じて出会いも「今の自分の状況を受け入れて」


患者の6割は「自分の記憶の課題を感じて来院」

認知症専門のクリニックを始めて、33年が経過しました。そんななか、もしかしたら皆さん誤解しているかもしれない、と思うことがあります。それは「認知症患者は、自分で自分のことを自覚できないのではないか」ということです。ところが、私の診療所に2020年までに来院した9027人分のデータを見ると、自分自身の記憶の課題を感じて来院した方が6割を超えます。


松本一生先生 講演会資料

つまり、認知症の当事者は、自分のことを何もわからないというわけではない、という点にまず注目しないといけません。ただ、自覚するまでには個人差がありますし、ご本人は認識がない場合もあります。そういう時は、ご本人よりもむしろもう一つの当事者である、ご家族の方の気持ちに寄り添うことが大切です。


次のグラフは、3人の方の病状の変化をみたものです。

松本一生先生 講演会資料

3人とも認知症の初期に来院された方なのに、1人だけ1年~1年半で急激に悪くなってしまっている。この差は何かというと、実はご本人の安心感です。その方が不安にならないよう、いろんな情報を本人に伝えてあげる。このことによって、ご本人も病気を知ることができ、病気の進行も防ぐことができるのです。

自分自身も支えられていると気づかされた、ある患者の言葉

私自身、認知症患者の方と接する中で、ある気づきがありました。私はかつて自分のことを、医師として認知症患者を支える立場だ、と考えていました。しかし、ある患者さんから言われた一言によって、それは違うのではと感じるようになりました。


医師になってから数年たった時のことです。ある方から「『あなたが僕を治すことができない』ということは、僕にはもうわかっているんです」と言われたのです。正直、ショックでした。その方はこう続けます。「僕は妻と再婚してから、自分は悪くならない認知症だと思ってきた。でも頑張りにも限界があった。最近イライラするし、妻も『判断できないなら自分では決めないで』と言うんだ。でもね、認知症の診断を受けた僕でも、自分の意見がある。迷惑をかけずに人生を生き抜くために、心の中では言いたいことがたくさんある」。


そして、その方が僕に投げかけてくれた言葉があります。「治せない医者でも、僕が自己決定できなくなるまで、見守ってくれますか」。この言葉で、医者として認知症患者を診て支えるだけでなく、僕自身が支えられていたことに気づいたんです。


介護家族の感情は「否認、怒り、適応を行きつ戻りつしている」

介護家族の心にはいくつかの段階が訪れます。「認知症」と診断されると、当事者以上に家族が驚いてしまい、医師から言われたことを忘れてしまう。この症状を“否認”と言います。だから、医師からの診断を家族の方が忘れてしまっても、家族のせいではないのです。


また、認知症患者は、いつもケアしてくれる家族にこそ攻撃性が向いてしまうこともあります。すると、いくら一生懸命介護しようと思った家族でも、怒りが湧いてくる。そんな時に、その怒りに耳を傾けてくれる人がいると、家族の気持ちは適応し、心は再起します。ただ、また認知症患者に新しい症状が出てくると、また否認や怒りに戻り、誰かの力を借りて適応する。介護家族の気持ちは、否認、怒り、適応の間を行きつ戻りつしているのです。

誰にも話を聞いてもらえず、怒りの刃を自身の内面に向けてしまうと、介護家族はうつになってしまい、バーンアウトしてしまう、ということも起きています。

介護家族の方に安心を届けたい

実は僕自身も、パーキンソンの妻の介護をして9年半経つ、介護家族でもあります。以前は27年間妻と一緒に妻の母を介護した経験もあります。介護経験者として、介護家族の方々に絶望が起きないようにしてあげたいという思いがあります。

私のクリニックにいらっしゃる介護家族の方に、認知症患者の混乱状態がどの程度続いたのか統計を取りました。これによって、混乱状態にはピークがあるとわかりました。例えば、ある方は、介護が始まって1年目では月平均4回でしたが、次第に8回、36回と増加していき、3~4年目にピークが来たそうです。介護家族からすれば、この状態がずっと続くのではと思いがちですが「混乱状態はいつまでもは続かない」と情報提供して、少しでも安心してもらえるようにしています。

介護を通じて出会いも「今の自分の状況を受け入れて」

日々ストレスを受ける介護家族には、様々な症状が出てきます。高血圧、脳血管障害、糖尿病…。癌が発症したり、うつ病になってしまった方もいます。


僕自身も例外ではありません。医者として認知症に関わってきましたが、医者としてよりもむしろ介護家族としての生活が長いんです。僕も介護によって諦めなければならないことが山ほどありました。大学の教員も辞めなければならず、自暴自棄になる自分を制すことが難しかったこともあります。介護に限界を感じ、天を恨み「なぜこんな境遇に僕に置いたんだ」と怒りの塊だったときもありました。


ところが、日々の生活を過ごすうち、介護を通じた新たな出会いもありました。総菜を買い出しにいくお店の店員さんも実は介護家族で、ちょっとした話ができるようになりました。私が今思うのが、今の自分の状況を受け入れる、ということの大切さです。認知症の疑いがある人が700万人に迫る時代、だれしも年老いて病気になったりするということを考えれば、認知症は特別なことではありません。だとすると、認知症のサポートも決して特別なことではなく、我がこと、当たり前のこととして共感を持っていけるといいなと考えています。



図版/ご本人提供、写真/長野竜成、文/市岡ひかり

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