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2019.02.01

【コラム】睡眠呼吸障害と認知症

「睡眠」は健康的な生活を送るうえで重要な要素の一つです。私たちが日々の暮らしの中で当たり前のように行っているこの睡眠ですが、徹夜や夜更かし等でよく眠れなかったり睡眠不足の状態が続くと認知機能が低下することから、脳と睡眠には深い関係性があることもわかっています。

今回のコラムでは、睡眠時に起こる睡眠時無呼吸症候群(SAS)と認知症の関連について、認知症予防の観点から解説します。


(著者プロフィール)

千田一嘉(せんだかずよし)

名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部大学院博士課程修了。米国アルバート・アインシュタイン医科大学、ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員、京都大学医学部附属病院検査部助手を経て、2003年より国立療養所中部病院呼吸器科に勤務し、2004年国立長寿医療センターに組織改編された。2014年より治験・臨床研究推進センター臨床研究企画室長として、臨床研究推進セミナーの企画、睡眠呼吸障害の診療、在宅医療の啓発、高齢呼吸器病患者のフレイル・サルコペニアについて研究している。


はじめに 睡眠呼吸障害とは

睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing: SDB) (1, 2)とは自覚症状の有無は問わず、1時間あたりの無呼吸と低呼吸の回数(apnea hypopnea index: AHI)が5回以上のもので、閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea: OSA)と中枢性睡眠時無呼吸(central sleep apnea: CSA)があります。一般人口では、そのほとんどがOSAです。無呼吸は睡眠中に上気道(特に咽頭部)の狭窄・閉塞による気流の停止が10秒以上持続することで(図1)、低呼吸は10秒以上気流が減少し、動脈血酸素飽和度の低下を伴うことです。日中の眠気などの自覚症状を伴なう場合に睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome: SAS)と診断されます。SDBは無呼吸の刺激(ストレス)で覚醒反応をきたし、覚醒した後に呼吸が再開されます。繰り返される覚醒反応により睡眠は分断され、睡眠は浅く、不安定で質が低下し、睡眠以外にも全身に種々の障害をきたします。SDBには覚醒中の呼吸障害はみられません。世界で最も広く読まれている教科書のハリソン内科学には「SASはこの50年間に解明された最も重要な病態の1つで、深刻な死亡原因の1つでもある。」と記載されています。SASの推定有病率は2-4%で、わが国には少なくとも200万人以上の患者数が推定され、多数の未診断・未治療患者の存在が指摘されています。高齢者のSASの頻度はより高いのですが、眠気などの症状を自覚しにくいことから適切な医療が十分には普及していません。家族のイビキ・無呼吸の指摘が医療機関の受診に繋がるよう期待されています(図2)。


1)睡眠時無呼吸症候群(SAS)の病態

睡眠中は上気道の構成筋群が弛緩し、とくに仰向けで寝ると、重力の影響で口蓋垂や舌根部が沈下するために上気道が狭くなり、イビキから無呼吸をきたします。イビキは狭い気道を空気が通過する際に発生する音です。上気道の狭小化は、1.肥満、2. 顎と顔面の形態、3.扁桃や舌などの軟部組織がリスク因子です。わが国では肥満を伴わないSASが多くみられ、顎と顔面の形態の問題が大きく、とくに小児では扁桃肥大の関与が指摘されています。

SASは大きなイビキや無呼吸と日中の過剰な眠気が主症状で、集中力の低下、活動性低下、夜間頻尿、頭痛やうつ傾向なども伴います。さらに眠気や全身倦怠感などで日常生活や社会的活動を妨げます。高血圧・糖尿病・高脂血症を高頻度に伴い、動脈硬化の促進するため虚血性心疾患や脳血管障害など、いわゆる生活習慣病をよく合併し、生命予後が悪化します。SASは交通事故や注意力散漫に伴う職務遂行能力の低下に伴う経済的損失などの社会的影響も重大です。


2)SASの診断と治療

SASは終夜睡眠ポリグラフ(polysomnography: PSG)で診断されます。深い睡眠の減少・消失と無呼吸に伴う覚醒反応で規則正しいノンレム睡眠とレム睡眠のリズムが乱れる睡眠の分断(断片)化がみられます。SASの治療の第一選択は鼻に装着したマスクを介して閉塞した上気道に陽圧をかけ、気道を開いて空気を送り込む持続陽圧呼吸療法(continuous positive airway pressure: CPAP)です(図3,4)。未治療のSAS群は死亡、とくに心臓血管病による死亡と、死には至らないが心臓血管病をきたす危険が大きいのですが、CPAP治療群ではSASではない群と同等までリスクが軽減される有効性が示されています。このようにSASは治療可能な疾患といえます。


3)睡眠呼吸障害と認知機能

睡眠不足が続くと認知機能が低下することは、徹夜明けなど、日常生活でも体験されます。SASは病的な慢性睡眠不足状態とみなすことができます。SASが認知機能障害をきたす報告は多数あり(3, 4)、CPAP治療がSAS患者の治療後の覚醒時の認知機能を改善するエビデンスも多数あります。認知症患者にSASの合併率が高いことが報告されています。とくに重症な認知症には重症なSASが多く、逆に重症なSASには重症な認知症が多いことから、両者の深い関連が示唆されています。認知症と診断されていたSAS患者の治療で認知機能が改善した報告もあります。


4)SASと認知症予防

SASは睡眠の断片化という強いストレスで交感神経機能を亢進し、全身の持続的な慢性炎症を惹起し、高血圧症をきたし、動脈硬化を促進することには強固なエビデンスがあります。動脈硬化は血管性認知症をきたすことから、SASのCPAP治療は動脈硬化を予防(軽減)することで血管性認知症を予防することが期待されます(4)。

 SASとアルツハイマー型認知症(AD)には酸化ストレスや慢性炎症など生活習慣病を合併する共通のリスクファクターがあります。高齢者のSASをCPAPで治療して認知症の発症を予防する試みには複数の報告があります(5)。例えば、SAS合併群は合併しない群に比してより若年時から軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)やADに移行し,CPAP治療群はMCIへの移行が遅れたことが報告されています(6)。SASによる慢性の間欠的低酸素状態には、ADの引き金とされているアミロイドβタンパク質(Aβ)の沈着を促進する可能性が指摘されています。このことからも、SASはADを合併しやすいと推論されています。CPAPはこの低酸素状態を解消できるため、高齢SAS患者のCPAP治療にはMCIやADの発症予防効果の可能性が示唆されています。しかし、これらは観察研究や小規模の比較試験からの推論であり、解釈は慎重になるべきです。2018年4月に一晩徹夜した健常成人における脳内Aβ蓄積量の上昇が報告され(7)、睡眠障害とADの関連についての議論がさらに活性化しています。


おわりに

CPAP治療はSASにより低下した認知機能を改善し、認知症リスクを軽減しうる可能性が示されています。SASのさらに積極的な疾患啓発とスクリーニング体制を拡充することで未診断・未治療のSAS患者にCPAP治療の機会を提供する体制構築が、認知症対策の観点からも期待されています。


<文献>

(1)睡眠呼吸障害Update〈2011〉.井上雄一, 山城義広(編). ライフサイエンス. 2011

(2)循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン. 2012. Available at: http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010,momomura.h.pdf. (2018年12月21日アクセス)

(3)Dealberto MJ,Pajot N,Courbon D,et al:Breathing disorders during sleep and cognitive performance in an older community sample :the EVA Study.J Am Geriatr Soc 1996;44:1287-1294.

(4)清水徹男. 1.認知症予防と睡眠. Prog.Med.26:381-85, 2006)

(5)石川正憲. 9.睡眠時無呼吸症候群(SAS)と認知症:CPAPの効果. Prog.Med.37:988-60, 2017.

(6)Osorio RS, Gumb T, Pirraglia E,et al:Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative. Sleep―disordered breathing advances cognitive decline in the elderly.Neurology 2015;84:1964-1971.

(7) Shokri-Kojori E, Wang GJ. Et al. β-Amyloid accumulation in the human brain after one night of sleep deprivation. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Apr 24;115(17):4483-4488. Published online 2018 Apr 9.


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