まずは、認知症とはどのような状態を指すのか、また混同しやすい「認知症」と「認知機能の低下」との違いについて、例を用いて説明します。
認知症とは、何らかの病気が原因となって脳の認知機能などが低下し、日常生活に支障が出る状態のことです。代表的な認知症としては、アルツハイマー認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症で、それらは4大認知症と呼ばれています。
認知症の症状は、「中核症状」と「周辺症状」に大別されます。中核症状とは、記憶力の低下をはじめ、思考・判断力の低下、見当識障害など認知機能に関わる症状です。周辺症状は、感情面や行動面に現れる症状で、暴言や暴力、行方不明、妄想などが挙げられます。
認知機能とは、記憶力や判断力、学習能力、計算力などの知的能力を指します。認知機能が正常に働いている状態であれば、自身の周りや物事の状況を理解して適切な行動をとることができます。認知機能は、加齢に伴う神経細胞の死滅によって衰えるため、年齢を重ねるとともに認知機能が低下する方は多くいます。しかし、その方々がすべて認知症なのかといえば、そうではありません。
認知機能の低下と認知症は、原因や現れ方なども違うものです。たとえば、昨日の夕食の内容が思い出せないのは、加齢による物忘れの範囲です。一方で認知症の場合は、夕食を食べたこと自体を忘れてしまいます。
また、加齢による物忘れに比べて、認知症は症状の進行が早いことも特徴に挙げられます。認知機能の低下を防ぎ、遅らせることが認知症予防につながるのです。
続いては、認知症を予防するための生活習慣10か条を紹介します。
「認知症にならないための10か条」は、公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事を務める川崎幸クリニックの杉山孝博院長が提唱されたものです。取り組みやすいものから挑戦してみましょう。
(1)脳血管を大切にする
脳動脈が動脈硬化を起こすと脳の機能が低下します。高血圧などの生活習慣病が動脈硬化を招くため、治療や生活習慣の改善を心がけましょう。
(2)食生活を整える
脂質や糖分の摂りすぎは、細胞の老化を促します。抗酸化作用のある栄養素が豊富に含まれる緑黄色野菜や、脳梗塞予防に効果があるといわれる青魚を積極的に食べましょう。
(3)運動を心がける
毎日のウォーキング習慣は、動脈硬化予防のほか健康維持・増進全般に効果的です。
(4)飲酒・喫煙が過度にならないようにする
お酒やタバコは、さまざまな病気の原因になるため過度な摂取は控えてください。
(5)活動・思考を単調にしないように努める
趣味の活動や新しいことへの挑戦で、脳に刺激を与えましょう。
(6)生き生きとした生活を
地域のボランティアなどに参加するなど、毎日を楽しく過ごす生きがいを見つけましょう。
(7)家族・隣人・社会との人間関係を普段から円滑にしておく
物忘れなどの症状が出ても、周りの人が助けてくれる環境があれば心強いでしょう。
(8)健康管理を心がける
不調を感じたら放っておかずに病院を受診し、医師や専門家の助言に耳を傾けましょう。
(9)病気や障害の予防や治療に努める
認知症はさまざまな病気が原因で発症します。まずは、病気にならないように予防に努めましょう。
(10)寝たきりにならないよう心がける
寝たきりとなると認知機能が衰えやすくなります。転倒は骨折、ひいては寝たきりを招きやすいため、家のなかの段差をなくすなど、可能な範囲で環境を整えてください。
※参考:「認知症にならないための10か条」川崎幸クリニック院長 杉山孝博
認知症は、日常生活にトレーニングを取り入れることで発症リスクを低減させることができるといわれています。結論からいえば、認知症予防のためのトレーニングは早く始めるほど効果が期待できます。まず、記憶力は40代頃から低下し始め、脳の萎縮は45歳前後から始まると考えられています。さらに、アルツハイマー型認知症の原因物質といわれるアミロイドβという脳内で作られるたんぱく質は、発症の約20年前から蓄積し始めるとも考察されています。つまり、認知症は40代ごろから徐々に進行している可能性があるので、認知症予防トレーニングを始めるタイミングは早ければ早いほど良いのです。
認知症予防には、ゼロ次予防~3次予防までの4段階あるといわれていますが、なかでも特にゼロ~2次予防が大切だとされています。ゼロ次ではまだ認知症の症状は出ていなくとも、「健康への気づきを得ることで健康の維持・促進を促す」ことが大切だとする考えに基づいています。なお、1次予防は認知症にならないよう生活習慣の改善や運動などに気を配る段階で、2次予防は認知症の早期発見や早期治療をする段階です。3次予防では認知症の進行防止を目指します。
続いては、認知症予防として日常的に行いやすい脳を刺激するトレーニングを紹介します。
コグニサイズとは、国立長寿医療研究センターが開発した、コグニション(認知)とエクササイズ(運動)を組み合わせた新しいエクササイズです。中強度(軽く息がはずむぐらい)の運動をしながら、しりとりや計算などの課題(認知課題)を同時に行います。
コグニサイズは体に軽く負荷がかかる程度、思考するのが少し難しいと感じるぐらいのレベルで行うことが大切です。もし慣れてきて簡単になってしまったら、運動強度を上げたり脳トレのレベルを上げたりしてみましょう。無理をせずにストレッチをしてから始めたり、痛みがあるときには休むなど、少しずつでもいいので継続するのが大切です。
手遊びや指遊びは脳の刺激・活性化につながるため、認知症予防のトレーニングとして効果的です。例えば、右手と左手で一人じゃんけんをしたり、右手と左手で違うグー・チョキ・パーを出す拮抗運動なども良いでしょう。難しい場合は、簡単なものからチャレンジし始めて、徐々に難しいものへトライしてみてください。
ゲームのなかには知的活動を必要とするものも多く、脳の刺激に役立ちます。1人でできるものや家族・友人と楽しみながらできるものがあるので、好きなものにトライしてみましょう。ゲームは「認知症予防のため」と考えたり気負ったりしなくても楽しめるので、抵抗感が少なく取り組める点がメリットです。例えば、パズルや間違い探し、神経衰弱、クロスワード、ナンバープレイス、迷路などがおすすめです。
脳トレ以外にも、認知症予防のために日常生活のなかで意識したいポイントがあります。
適度な運動を日常的に行うことで、認知症の原因の一つとされる高血圧や動脈硬化を防ぐことができます。
高齢者における「適度な運動」とは、1日30分のウォーキングを週3回程度です。また、東京都健康長寿医療センター研究所の研究によると、1日に5,000歩(そのうち速歩き時間7.5分を含む)歩くと、血管性認知症やアルツハイマー型認知症を予防できる可能性があることもわかっています。
一方、厚生労働省が発表した2019年の国民健康栄養調査によると、1日あたりの歩数平均値は65歳以上の男性で5,396歩、女性で4,656歩でした。女性はやや少なく、しかも全年代で近年は歩数が減少傾向にあります。少し遠くのスーパーマーケットまで歩くなど、毎日の生活のなかで無理なく歩くことを取り入れて、歩数を増やしてみるとよいでしょう。
高血圧や高脂血症、肥満、糖尿病といった生活習慣病は、認知症の危険因子である動脈硬化を引き起こす恐れがあります。いずれの病気を防ぐためにも食事はとても重要な要素です。
病気を抱えて寝たきりになると、日常生活で刺激が減るため、認知機能の低下につながります。つまり、体を健康に保つことが認知症予防の近道となるのです。高血圧や動脈硬化などの引き金となり得る、食塩・糖質・脂質の摂りすぎは控え、バランスの良い食事を心がけてください。メディアで「〇〇を食べれば認知症予防に良い」などと取り上げられますが、そればかり食べると栄養バランスが崩れてしまいます。しかし、毎日栄養バランスを意識して食事を用意するのは大変なことです。レトルト食品や宅配サービスをうまく活用して、楽に長く継続できる工夫をしてみましょう。
芸術療法(アートセラピー)には、自宅で簡単にできるものが多いこともメリットです。絵画、音楽、俳句、書道などの鑑賞や製作、演奏など、何らかの形でアートに触れてみてください。たとえば、音楽には脳を活性化させる作用があり、リラックスやストレス軽減にも役立ちます。家族と一緒に好きな音楽を聴けば、コミュニケーションをとるきっかけにもなるでしょう。
また、コミュニケーションをとることも認知症予防に効果があります。「傾聴」と「共感」を大切にして感情や話を受け止め、丁寧にコミュニケーションをとってみましょう。
同居家族がいる、友人との交流を持っているなど、人とのかかわりが多い高齢者は認知症リスクが低下するという研究があります。とはいえ、定年退職後はなかなか人との交流の場が少ないという方も多いでしょう。そのような場合は、高齢者(シルバー)雇用している職場への就労や、地域でおこなわれているサークル活動やボランティア活動への参加、友人との交流を検討してみてください。また、自治体でレクリエーションや運動を交えた認知症予防トレーニングを行っているところもあるので、探して参加してみるのもおすすめです。
認知症予防のためには、正しい知識を身につけることが重要です。認知症の種類や認知症高齢者の数など、認知症に関する基本的な情報について説明します。
認知症には複数種類あり、根本治療が困難なものと治療可能なものとがあります。以下に、認知症の代表的なものである「4大認知症」について解説します。
アルツハイマー型認知症
認知症全体の約60%を占めるといわれており、物忘れなどの記憶障害や、時間や場所がわからなくなる見当識障害など、さまざまな障害が出ることが特徴の一つです。脳全体が少しずつ萎縮し、身体機能も低下していきます。個人差はありますが、比較的ゆっくりと進行していく認知症です。原因は、脳に特殊なたんぱく質(アミロイドβ)が蓄積して神経細胞を破壊してしまうためだと考えられています。
前頭側頭型認知症
脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞が壊れていくことによって、人格や行動に変化が起き、言語障害も招く認知症です。4大認知症の中で唯一、難病に指定されています。40~60代の若いうちから発症することも4大認知症の中では多いのが特徴です。
レビー小体型認知症
レビー小体といわれる特殊なたんぱく質が、脳の神経細胞にたまることで発症します。特徴的な症状として、はっきりとした幻視が現れるほか、レム睡眠時に大声を上げるなどの異常行動や、動作が遅くなるなどの症状が挙げられます。
血管性認知症
脳梗塞や脳出血など、脳の血管の病気が原因となる認知症です。症状はほかの認知症でも見られる記憶障害や見当識障害のほか、手足のまひや嚥下(えんげ)障害、排尿障害など、脳のどの部分に障害を受けたかによって、強く現れる症状が異なります。
2020年現在、65歳以上の認知症の方は約630万人と推計されています。2025年には高齢者の約5人に1人にあたる約730万人が、そして、2060年には高齢者の3人に1人が認知症になる見込みです。認知症になられても、穏やかに過ごしている方はもちろんいますが、認知症により自身や家族の生活が一変する方が少なくないことや、急速に少子化が進行する現代において認知症高齢者の増加は介護職の人手不足に拍車をかけるなど、社会問題を増幅させる可能性もあります。
一人一人の生活の質(QOL)を高めるまたは維持するためには、個人個人が健康長寿への意識を持ち、予防トレーニングをはじめとした生活習慣に意識を向け、認知症の予防に努めることが大切なのです。