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2022.10.18

【慶應義塾大学医学部】次世代型認知症モデル脳オルガノイドの作製に成功「認知症患者の病理をミニチュア脳内で再現」

脳オルガノイド(※1)は、構造・機能的に生体組織に近いことから疾患モデルへの応用が期待されています。慶應義塾大学医学部生理学教室のグループは、iPS細胞から脳オルガノイドの作製方法を改良し、アルツハイマー病患者由来iPS細胞から作製した脳オルガノイドにおいて、ADの主要な病理の一つであるアミロイドプラーク様の構造を再現することに成功しました。

また、アデノ随伴ウイルス(※2)を用いて変異型タウタンパク質を脳オルガノイドに強制発現させることで、タウ(※3)線維形成を模倣した次世代型タウオパチー(※4)モデル脳オルガノイドを作製するこができました。これらの認知症モデル脳オルガノイドはミニチュア脳と考えられ、認知症の病態メカニズムの解明、創薬スクリーニングや創薬候補の検証に応用できることが期待されます。


※1 脳オルガノイド

iPS 細胞などの多能性幹細胞から、神経発生を模倣して三次元培養により作られる、脳に似た立体的な構造体。神経幹細胞、神経細胞、アストロサイトなどの、生体脳を構成する複数の細胞種を含む。

※2 アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus; AAV)ベクター

細胞に感染して目的の遺伝子を導入することができるウイルスベクター。安全性が高く、動物への遺伝子導入に適している。

※3 タウ

微小管に結合して微小管を安定化するタンパク質。神経細胞に豊富に存在する。タウの凝集、蓄積が認知症発症に関係すると考えられている。

※4 タウオパチー

タウタンパク質が細胞内に異常に蓄積することにより発症する神経 変性疾患の総称。アルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺などが含まれる。







研究の背景と概要


これまで認知症モデルマウスから多くの知見が得られているものの、それが必ずしもヒトの病態を反映しているわけではないという問題点がありました。また、病理解剖による剖検脳組織は貴重な検体であるものの、神経変性が起こった後の状態を示しています。さらに実際のヒトの脳組織へのアクセスは限られていることが、認知症研究の課題です。これらに対し、iPS細胞から作られる脳オルガノイドは、ヒト脳を模倣した3次元の構造体であり、神経変性が進行している状態を再現できる可能性があるため、認知症研究を進めるための有望な基盤技術といえます。


脳オルガノイドは、複数の細胞種から成り神経細胞の成熟度が高いことなどから、動物モデルに代わる疾患モデルとしての応用が期待されています。そこで、家族性AD患者由来iPS細胞から脳オルガノイドの作製を試みました。


研究の成果と意義


iPS細胞の維持には、フィーダー細胞との共培養が必須とされてきましたが、近年は維持操作が簡略化されたフィーダーフリーiPS細胞(ff-iPS細胞、※5)が主流になってきました。ff-iPS細胞を用いると、脳オルガノイドへの分化誘導を開始する際に、フィーダー細胞が持ち込まれないという利点があります。しかし、ff-iPS 細 胞からの脳オルガノイドの作製は効率が低く、また、培養バッチ間における作製効率の差が 大きいことが問題となっていました。そこで効率よく作製するために、iPS 細胞の維持に必須な因子である FGF2(※6)の濃度に 着目しました。培養液中の FGF2 の濃度を、通常の 1/10 程度に下げたところ、多くの神経上皮構造が可能になりました。このようにして、生体脳を構成する種々の細胞を含む脳オルガノイドを作製することができました。


※5 フィーダーフリーiPS細胞(ff-iPS細胞)

iPS細胞はこれまでフィーダー細胞と呼ばれる細胞上で維持されてきたが、現在は、フィーダー細胞を用いないフィーダーフリーiPS細胞が主流になっている。フィーダーフリーiPS 細胞の培養液中には、高濃度のFGF2が添加されている。

※6 FGF2

塩基性線維芽細胞増殖因子。生体内で多くの組織に発現している成長因子であり、FGF2 に特異的な受容体タンパク質に結合してシグナルを伝達する。ヒトiPS 細胞を含むヒト多能性幹細胞の培養液に含まれる重要な因子である。


この方法を用いて、AD 患者由来iPS細胞から脳オルガノイドを作製していった結果、培養120日目のAD患者由来脳オルガノイドにおいて、アミロイドプラーク様の構造が観察されました。


さらに、脳オルガノイドにアデノ随伴ウイルスをガラス針で注入して、タウオパチー患者で見られる変異 (P301L)を持つタウタンパク質を過剰発現させました。その結果、免疫染色によりタウ凝集体の存在が示され、それらが界面活性剤に対して不溶性を獲得していることから、タウオパチー患者脳でのタウ凝集体と同様の生化学的性質を持つことが示されました。さらに、この凝集体の免疫電子顕微鏡観察により、タウ線維構造の形成が認められ、タウオパチー患者で見られる凝集体構造を脳オルガノイド内で再現することに成功しました。

本研究グループが作製した認知症モデル脳オルガノイドは、認知症病態メカニズムの解明や、創薬スクリーニングや創薬候補の検証に応用できるヒト細胞モデルとして、有用な基盤技術 になるものと期待されます。


■詳細は以下の外部リンクをご覧ください。

https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2022/9/9/220909-1.pdf

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